アスリートにおけるアンチドーピング違反事例

私 阿久津が自身のアスリート活動やスポーツサプリメントの開発に携わるうえで、最も重要としているのがアンチドーピングです。今回は、アンチドーピングに違反しないために知っておくべき概念と、アンチドーピングの違反事例を紹介したいと思います。

阿久津貴史

著者紹介

パワーリフティング全日本選手権11連覇・現日本記録保持
NSCA-CSCS・NSCA-CPT/認定スポーツメンタルコーチ

阿久津貴史公式HP

1982年生まれ。パワーリフティングの競技者として活動するとともに、パワーリフティング専門ジム「TXP」を運営。後進育成・コーチングも精力的に行っており、全日本優勝者を多数輩出。アスリートのパフォーマンス向上を目的とした、理想的なエルゴジェニックエイドの開発にも日々尽力している。

WADAによるアンチ・ドーピング規則違反の定義

アンチドーピングとは、運動能力をはじめとした競技パフォーマンスを向上させるための違法ドーピングを抑止・禁止することです。世界ドーピング防止機構(WADA)は、アンチドーピングに関する規定を制定しており、規則違反として以下11項目を定義しています。

1:アスリートから採取された検体に禁止物質が存在する

国際レベルのドーピング検査では、WADAの禁止リストに掲載されている物質、薬物、医薬品が選手から採取された検体(血液・尿など)に含まれないか検査されます。

禁止物質を自身の体に入れないようにすることは、各選手自身の責任とされており、検査の結果陽性となった場合は、意図的であったか否かに関係なく、アンチドーピング規則違反となります。

2:禁止されている物質または禁止されている方法を使用する、または使用することを企てる

目撃証言や証拠書類・データによって、十分な証拠が見つかった場合は、検査で陽性が発覚しなかったとしても制裁対象となる可能性があります。

3:検体採取を逃れること、拒否すること、または提出しないこと

やむを得ない理由があったか否かに関わらず、ドーピング検査を拒否したり検体提出を怠った場合は、検査陽性と同様に制裁の対象となる可能性があります。

4:正確な居場所情報を知らせないこと

※抜き打ちドーピング検査の対象選手は、特定の期間において居場所情報を知らせる必要があります。特に、オリンピックレベルでは近年抜き打ち方針に変わってきていることから、該当する選手は知っておくべき事項といえます。

抜き打ち検査の機会を逃がしたり、検体提出に不備があると、「ストライク」としてカウントされます。選手が12か月間に3回のストライク(スリーストライク)を受けると、アンチドーピング規則違反となり、制裁を受ける可能性があります。

5:検査結果を改ざんしようとすること

例えば、検査において検査官を故意に妨害したり、不正な情報を提供したり、異物を添加したり検体を改変すると、アンチドーピング規則違反となり、制裁を受ける可能性があります。

6:正当な理由なく禁止物質・禁止方法を所持していること

禁止物質や禁止方法を使用していなくても、選手やコーチなどの支援者がそれを所持していれば、アンチドーピング規則違反となり、制裁を受ける可能性があります。

なお、健康上の理由で禁止物質を摂取したり、禁止方法を使用する必要がある場合は、TUE(Therapeutic Use Exemptions=「治療使用特例」)を申請する必要があります。

7:禁止物質・禁止方法を不正に取引し、入手しようとすること

選手や支援者、また関係者が、禁止物質や禁止方法の取引に関与したことが発覚すると、アンチドーピング規則違反となり、制裁を受ける可能性があります。

8:選手に対して禁止物質・禁止方法を投与したり、それを試みようとすること

選手や支援者、また関係者が、禁止物質や禁止方法を選手に投与したりそれを試みようとすると、アンチドーピング規則違反となり、制裁を受ける可能性があります。

9:アンチドーピング規則違反行為を手伝ったり、教唆・共謀・隠ぺいすること

例えば、支援者が選手のアンチドーピング規則違反に気づき、それを隠ぺいする行為があった場合、支援者が制裁対象となります。

10:アンチ・ドーピング規則違反に関与していた人と関係をもつこと

例えば、トレーニングや戦略・技術の指導者がドーピングに関連した制裁を受けていたり、懲戒処分を受けている場合、選手や支援者がこれらの人と関係を持つことはできません。

11:アンチドーピング違反の通報を阻止したり、報復したりする行為

アンチドーピング違反の事例

前述のような厳格な定義がされている背景として、ドーピング検査による検出技術が発達したとしても、さらに強力で検出不可能なドーピング技術や物質が今も実際に使われているということが挙げられます。

直近の事例では、2012年ロンドン五輪の大会中に採取された検体の再検査を実施した結果、合計73件のドーピング違反が見つかり、4競技・メダル31個が剥奪されたと発表されています。

また、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)は、国内のアンチ・ドーピング規則違反を公表しています。

では、何故、これほどまでにドーピングが後を絶たないのでしょうか?

エリートアスリートを対象にした過去のコホート研究※では、「もしパフォーマンスを向上させる物質があり、違反が発覚せず勝利を手にすることができるなら、それを使用しますか?」という質問に対してアスリートの98%が「YES」と回答しています。

また、「パフォーマンスを向上させる物質を使用したとしても、違反が発覚せず、5年間全ての大会に勝ってから死ぬとしたら、服用しますか?」という問いに対して、50%以上が「YES」と答えています。

高いレベルのステージであればあるほど、勝利によって手にする栄誉や金銭的利益は高くなり、アスリートやコーチが競技パフォーマンスを上げるために多くのリスクを払うことは異常なことではありません。

しかしながら、以下の事例を見れば、勝利に執着するあまり、倫理を踏み外すのは決して賢明でないことがお分かりいただけると思います。

ランス・アームストロング

自転車ロードレース界の頂点といわれるツール・ド・フランスで7 回連続優勝したことがある、アメリカの選手です。 しかしながら、ツール7連覇のすべてで薬物を使用していたことが後に発覚し、競技から永久追放、すべてのタイトルを剥奪されています。

『疑惑のチャンピオン』という映画にもなっていますが、彼が行っていたドーピングは、EPO(末梢血中の赤血球が増加し、赤血球の役割である組織への酸素供給効率が上がり、持久力が向上する製剤)、自己血輸血(血液ドーピング:骨格筋への酸素供給量を増加させようとの意図で輸血を行なうこと)、テストステロン、副腎皮質ステロイド、またこれらの使用を隠すためのマスキング剤とされています。さらに、他の競技者にも横流ししていたことも発覚しています。

そして、発覚のきっかけとなったのは、元チーム メンバーの告発です。

マリオン・ジョーンズ

米国の陸上競技選手ですが、2010年にバスケットボールのアメリカ女子プロリーグ・WNBAのタルサ・ショックと契約していた経歴もあります。

1997年のアテネで行なわれた世界陸上競技選手権大会で、100mと4×100mリレーで金メダルを獲得。また、1999年、セビリアで行なわれた世界陸上競技選手権大会では、100mで金メダル、走幅跳びで銅メダルを獲得しています。 さらに、2001年、カナダ・エドモントンで行なわれた世界陸上競技選手権大会では、200mと4×100mリレーで金メダルを獲得し、100mでも銀メダルを獲得しました。 オリンピックでは、2000年のシドニー五輪で金メダル3個、銅メダル2個を獲得しています。

しかし、2007年にthe clear(クリア:テトラハイドロゲストリノン。筋肉増強効果のあるステロイドホルモン剤)と呼ばれる禁止薬物の使用を認めてすべてのメダルを返上、さらに、薬物使用に関する偽証罪などで禁固6月の判決を受け、収監されています。

ドウェイン・チェンバース

イギリスの短距離走選手です。1999年の世界選手権では銅メダルを獲得し、シドニーオリンピックにも出場した経歴を持ちます。2001 年の世界選手権では10 秒の壁を2 回突破しており、ヨーロッパのトップ選手の中でも高い成績を残しました。

しかしながら、2003年、前述のthe clearの検査で陽性となった後、2年間の陸上競技禁止を受け、2002年に達成した100メートルのヨーロッパのタイトルと記録を剥奪されました。

ディエゴ・マラドーナ

“神の子”とも呼ばれ、アルゼンチンが生んだ世界最高のサッカー選手の一人です。しかしながら、度重なる禁止薬物使用があったことでも有名です。

1991年のドーピング検査でコカインが検出され、15か月の出場停止処分となりました。処分が明けたのち代表復帰しましたが、ドーピング検査でエフェドリンなど使用禁止薬物が検出され、FIFAによって大会から即時追放されました。

以後、代表に選出されることはなく、現役引退後は薬物依存や不摂生による体重増加などが原因で入院・手術などを繰り返し、60歳で亡くなっています。

アドリアン・アヌシュ

ハンガリーのハンマー投げ選手です。2003年世界陸上選手権で銀メダルを獲得、2004年のアテネ五輪で金メダルを獲得しています。 しかし、同じコーチに指導を受ける円盤投げの選手がドーピング監査において尿検体のすり替えを行っていたことが判明。

また「アヌシュ選手は競技途中でトイレに行ったのに、競技後のドーピング検査で誰よりも先に尿が出て終わっていた」ということを室伏選手が証言、日本オリンピック委員会がIOCに徹底調査を訴えたことにより、追跡調査が実施されました。

その結果、尿検体が競技前の検査と競技後の検査で別人のものであることが発覚し、IOCは金メダルはく奪を決定。繰り上げで室伏広治選手が、金メダルとなりました。 アヌシュ選手は金メダル返還を拒否し続け、室伏選手を非難する声明まで発表しましたが、IOCの第1種ブラックリストに登録されました。

その後、2008年北京五輪に出場しようとしましたが、第1種ブラックリストに登録されているため、出場を拒否されています。

ベン・ジョンソン

カナダ国籍の陸上競技短距離走選手です。1987年に世界陸上ローマ大会100メートルで、カール・ルイスに勝利し、9秒83という当時の世界新記録を樹立、金メダルを獲得しました。 翌88年のソウル五輪100メートル決勝で、カール・ルイスと再戦し、9秒79の世界新記録で金メダルを獲得しました。

しかしながら、試合後に筋肉増強剤(スタノゾロールというアナボリックステロイド)の使用が発覚し、メダルと選手資格をはく奪されています。

彼が樹立した記録は、世界陸上ローマ大会までさかのぼって取り消されており、その後、陸上界に復帰したものの、再びドーピング検査で陽性反応が出たため、永久追放処分を受けています。 なお、当時彼が使用していたとされるステロイドと同等の商品は、2023年となった現在も販売されているようです。

まとめ

上記のとおり、ドーピングの判明によって多くの選手が記録を抹消され、その後の復帰の道も絶たれています。

うっかりドーピング(意図せぬドーピング)という言葉もありますが、冒頭で述べたWADAによるアンチ・ドーピング規則違反の定義にもあるとおり、意図的であったか否かに関係なくドーピング陽性は制裁対象となります。

各々のアスリートは「禁止物質を自身の体に入れないようにすることは、各選手自身の責任である」ことを再認識し、自衛のためにもアンチドーピングについての十分な知識をもっておくことが重要です。

▶こちらもご覧ください:PPNのアンチドーピングへの取り組み

※参考文献: Doping in sports and its spread to at-risk populations: an international review


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