
石川裕士
パワーリフティング選手,2025年世界ベンチプレス選手権大会74kg級優勝(エクイップ部門).
経歴
2014年 常総学院高等学校からパワーリフティングを始める.
2017,2019年 全日本学生パワーリフティング選手権大会 優勝.
2020年青山学院大学を卒業.
2022,2023年 アジアベンチプレス選手権大会 優勝.
2025年 全日本パワーリフティング選手権大会 優勝.
2025年 世界ベンチプレス選手権大会 74kg級(エクイップ部門) 優勝.
公式記録
パワーリフティング(エクイップ)
スクワット275kg
ベンチプレス270kg
デッドリフト252.5kg
トータル795kg
シングルベンチプレス(エクイップ)
280kg
記録
255kg(3種目時の世界記録)
270kg(3種目時の日本記録)

阿久津 貴史
PPN代表,元パワーリフティング選手。2012年に日本記録を樹立し初優勝して以来,12連覇を達成。2023年の世界大会を最後に現役を引退。
また初優勝の年に,日本人のメンタル・フィジカル・スキルの3要素を極限のレベルに高めるという想いを形にすべく、東京都練馬区豊玉北にパワーリフティングジム「Team X-treme Power!!!」(TXP)を設立し、選手が成長しやすい環境作りにも尽力している。現在TXPは国内の主要4大大会で団体優勝を22回達成(2025年時点)
パワーリフティング競技の普及のため,2020年から日本パワーリフティング協会アスリート委員の委員長,NPO法人東京都パワーリフティング協会の副理事長にも就任し組織運営と大会運営に精力的に携わっている。
2024年からは「人間の持つあらゆる能力をいかに高めるか?」という個人的な探究のため,プライベートで東京都立大学大学院知覚運動制御研究室で研究生活をスタート。NSCA-CSCS・NSCA-CPT(20年以上保持者)/認定スポーツメンタルコーチ
ついに世界No.1に!

阿久津:裕士,世界チャンピオン本当におめでとう!(石川選手は阿久津の運営するパワーリフティングジムTXPの後輩でみんなの弟分的存在。以降は石川選手と記載)。
今日は石川選手のベンチプレスにかける想いを存分に聞かせてください。早速ですが,ノルウェーで開催された世界ベンチプレス選手権大会で優勝を決めた瞬間どんな気持ちでしたか?
石川選手: ありがとうございます!
優勝を決めた瞬間は信じられない気持ちで,フワフワした感覚でした。表彰台に立って君が代が流れてから徐々に自分が世界チャンピオンになったのだと実感が湧いてきました。
阿久津:みんな本当に感動したと思っています。後日メンバーさんと話をした際も石川選手の活躍に「感動した,本当にすごい」という声をたくさん聞きました。
ちなみにベンチプレスの世界チャンピオンになったインパクトが強すぎて最初に言い忘れてしまいましたが,世界ベンチの1週ほど前には全日本パワーでも初優勝しましたね。こちらも本当におめでとうございます。
さて,このトップランナーインタビューは何かの目標や夢に向かって生きている全ての方へ向けて,あらゆる業界で活躍している人の「魂の叫び」をお届けするシリーズです。競技や仕事のこと,普段の生活,歩んでこられた道から湧き上がってきた生の声「魂の叫び」をお聞かせいただければ幸いです。順番が逆になってしまいましたが,自己紹介をお願いしてもいいでしょうか?
石川選手:ありがとうございます。流石に2週連続の試合はきつかったですが,良い経験となりました。
パワーリフティング74㎏級で出場している石川裕士と申します。常総学院高等学校からパワーリフティングを始め,その後,青山学院大学を卒業。現在は一般企業に勤めながらTXPに所属し日々練習に励んでおります。
主な成績は今回の世界ベンチプレス選手権大会(エクイップ部門)優勝,世界パワーリフティング選手権大会(エクイップ部門)6位です。
阿久津:ありがとうございます。この競技で高校からスタートするのはエリート組ですね!早速ですが,パワーリフティングを始めたきっかけを教えていただけますか?
石川選手:常総学院高等学校でパワーリフティング部に入部したことがきっかけです。少し天邪鬼な性格がある私は,陸上などのメジャーな部活ではなく,あまり普通の人が近寄らないスポーツに惹かれました。また,集団スポーツよりも個人の努力次第で結果が出る競技性にも魅力を感じました。最初のベンチプレスは45㎏で,いたって普通だったという記憶が残っています(笑)
阿久津:そうでしたか,石川選手に天邪鬼的な性格を感じたことはないですが(笑)
最初に45kgのベンチとは十分立派だと思います(笑) 現在は年間に何試合くらい出場されていますか?
石川選手:自分では,ひねくれ者だと思っています(笑) 現在は年間2~4試合程度です。現在はエクイップ部門でパワーリフティングとベンチプレス大会に出場しています。国内の全日本選手権に加え,国際大会にも選出された際は出場します。
より多くミスした方が負ける

阿久津:エクイップになると年間で4試合が限界に近いと思います。今までの試合で特に印象に残っている瞬間やエピソードがあれば教えてください。
石川選手:はい,エクイップは身体への負担が本当に大きいです。長年続けている業界の先輩方は心から尊敬します。
正直,自分の試合で「これだ!」という大きく印象に残っている試合はありません。勝ちたい気持ちはもちろんありますが,それ以上に「負けたくない」という意識が強いため,負けた試合のほうが印象に残っています。競技を始めて12年目になりますが,負け試合が多すぎて「これだ!」という試合がないのかもしれません(笑)。勝つために試合に出ますが,実際の試合では「勝つ」よりも「負けない」という意識が先行します。
サッカー元日本代表監督・岡田武史さんの著書で「より多くミスをしたほうが負ける」という内容を読んだ記憶があります。トップレベルでは全員がプロであり,力量に大きな差はありません。試合では小さなミスが綻びとなり,後半になればなるほど結果に影響するという内容でした。
パワーリフティングにおいても同じことが言えると思います。当たり前ですが,この競技はミスがそのまま失敗試技となり,「負け」に繋がります。試合で小さなミスをしないために私はできる限り練習は試合と同じ環境,条件であることを意識しています。例えば練習のベンチプレスにおいて背中に滑り止めの布を敷いたり,試合では使わないようなフォームはやりません。(目的がある練習はOKだと思っています。)小さな甘えが,小さなミスにつながり,大きな結果へとつながるからです。今の私の結論では,「より多くミスしたほうが負ける」です。ミスを最小限に抑えた結果が,納得できる結果であれば良いなと思っています。
阿久津:素晴らしい考え方ですね。
いつ頃からその考え方を意識し出しましたか?石川選手もご存知かも知れませんが日本でもベストセラーになった「失敗の科学(マシュー・サイド著)」という著書(ヒューマンエラーと効果的な学習に関しする)の中で「事前検死(Pre-mortem)」という石川選手の実施しているアプローチと似たツールが紹介されています。このツールを簡単に説明するとプロジェクトに取り組む前に最初の段階で「プロジェクトは失敗に終わった」という想定からスタートします。何が失敗原因になったのか正に事前に検死(検証)をしてリストアップして対処していくという方法です(簡単に要約してあるので,ご興味ある方は書籍をご参考ください)。石川選手の場合に例えると「おれは世界チャンピオンになれなかった→原因をリストアップ→先に潰していく計画を綿密に組み立てる」みたいな感じですかね。勝手に当てはめてしまって申し訳ないですが,ミスを最小限に抑えるという考え方,とても勉強になります。
これまではスポーツ業界の方々の本が中心でしたが,最近では業界に囚われずに読む意識をしていてマーケターの森岡毅さん,将棋棋士の羽生善治さん,実業家のひろゆきさんや孫氏の兵法関連まで手を伸ばしています。競技だけなく生活や仕事まで落とし込めるので本は素敵ですね。阿久津さんが以前メールマガジンで紹介されていた「競争闘争理論(河内一馬著)」も読みました。 「失敗の科学(マシュー・サイド著)」については購入して,「いつか読もう」と放置してしまっているので読みます(笑)

練習・コンディショニング・習慣化
阿久津:石川選手は読書家ですね!今度お薦め本教えてください。次に普段はどのようなスケジュールで1週間を過ごされているか教えていただけますか?
石川選手:阿久津さんほどではないと思います!普段の練習は基本的に週4程度で実施しています。平日は仕事後に1時間半ほど,土日のどちらかに5~8時間ほど行います。
阿久津:さすが土日はがっつりやってますね!ちなみにベンチプレスは週に何回されますか?もし可能であれば典型的なルーティンを簡単に教えてもらえますか?読者の皆様にとって興味があるとことだと思います。
石川選手:練習時間は,できればもう少しコンパクトにしたいと思っています(笑)
ベンチプレスは週3~4程度です。メニューは全て藤本竜希君(ベンチプレス絶対重量日本No.1)にお願いしていて,1日あたりのセット数は4~8です。以前は「セット数こそ命!」と思っていて,ベンチプレスだけで1日70セット実施した日もありました。その頃の自分を殴ってやりたいです(笑)現在はバリエーションをつけたベンチプレスが中心です。81㎝ラインを小指握る形や,足上げの形など10~15種類くらいあります。試合で組むフォームのほうが少なく,RPEでいうと5~8が多いです。 普段はノーギアを中心にしていて,エクイップの練習は試合前しか行いません。試合前のエクイップ練習は1日3試技だけと決めています。
練習前は必ず棒とA-wearを用いたストレッチとコンディショニングを実施していて,肩甲骨から肩回りをほぐして胸椎が動くように意識しています。練習後は懸垂とぶら下がりを3セットずつ行います。他のTXPの皆さんと比較すると少ないかもしれません(笑)
阿久津:以前の量をやり込んだ時期があったからこそ現在の質の高い練習が生きている,とも感じました。それにしても70セットとは(笑)。種目のバリエーションを増やすのも最近の運動学習のトレンドに沿っていますね。さすが藤本選手のメニューですね。(運動学習のトレンド:以前は同じ動きをひたすら繰り返して覚えるという鍵盤型学習がトレンド。最近は同類の動きの中で多様なパターンを実施したほうが動きに共通のルールを学べること,柔軟に対応できる技術を習得できることなどがわかってきている。)
次に身体のケアについて,練習時以外では普段どのような取り組みをされていますか?余談ですが数年前に前腕の疲労骨折をしながらシーズンをやり終えた時もありましたよね?あの時は石川選手がベンチプレスでラックアウトする度に前腕が折れてしまうんではないかとハラハラして見てました。(笑)
石川選手:自分でも骨が飛び出るのではないかと思っていました(笑)2022年~2024年にかけて苦しめられた肘~前腕の痛みは本当に辛かったです。医者からは尺骨側の骨が太くなる疲労骨折と診断されました。
普段のケアは,ストレッチとコンディショニングを平日の練習前は15分ほど最低限,休日の練習前は30分ほどです。後はお風呂上りにストレッチを10分ほど行う程度です。
特に重要視している点は肩甲骨周りです。肘では今でも気を抜くと痛みが出るため,シャフトを握る手から繋がっている肩甲骨は特に意識しています。 例えば日々の懸垂です。ぶら下がることで強制的に肩甲骨周りが整うため,今では欠かせません。後は腕時計を日によって左右に付け替えるなどして,左右の使い方に違和感が出ないようにしていたりします。
今では様々なケア方法が確立されていますが私の中で重要視していることは「そのケアに継続性はあるか?」ということです。性格柄,面倒くさがりなのでできる限り何もしたくないです(笑) 効果があるとされているケアでも3日坊主に終わってしまえば意味がないと思います。そのため私は歯を磨く感覚でできるケアを心がけています。
阿久津:腕時計の話,最高です(笑)。余談ですが,サッカーの本田圭佑選手が以前に腕時計を両腕につけるという話をテレビか何かで聞いたことがありました。バランスのためにそうしているのかと思ったらどうやらそうではなかったようです(笑)。ぶら下がりはいいですよね。私も以前に北川武志さん(ベンチプレスのマスターズで世界チャンピオンに何度も輝いている)にぶら下がりを勧めていただきました。ぶら下がりは腕神経叢も伸ばせるし,ベンチプレスは腕を潰す方向に力学的なストレスがかかるからシンプルに反対方向に伸ばすと整うと。アドバイスされて私もそれからぶら下がりを取り入れましたが,コンディションよく感じました。
そして習慣化の話も勉強になります。継続は力なりですが,やはり継続しやすい状況を作るのは大事ですね。ちょっと持論の話になりますが,成功するには継続が大事という話を耳にすると思いますが,継続という要素は目標を達成するために最低限度必要な行動であって,成長するには他の要素が重要になってくると思っています。言い方を変えれば継続することは当然でそれ以降のステップが大事ということです。そういった意味で歯を磨くほど当たり前の感覚でできるケアを選択するというのは良い方法ですね。
石川選手:ぶら下がりは本当に良いです!もっと早く実践していればと後悔するくらいです(笑)
習慣化については阿久津さんのおっしゃる通りだと思います。継続させることは当然で,自分を俯瞰しながら強くなるために必要な要素があれば取り込み続ける,という姿勢でいなければと自分に言い聞かせています。
憧れの存在,目標
阿久津: 石川選手と話をしていると刺激になることが多いです。これまでの選手生活の中でターニングポイントになったことや,最も苦しかった時期や,それをどう乗り越えたのかというようなことがあれば教えてもらえますか?
石川選手: 選手生活でのターニングポイントは,憧れの佐竹優典選手の試技を始めて見た高校2年生の全日本高校選手権です。選手生活では割と早めです(笑) 当時,59㎏級で出場していた佐竹選手の試技を見たときは度肝を抜かれました。当時の映像が今でも目に焼き付いています。
パワーリフティングはこんなにもカッコいいのだと,1分の試技でこんなにも感動を魅せることが出来るのだと感じました。そこからは佐竹選手に憧れ,目標とし,同じ青山学院大学に入学しました。今では先輩後輩の関係ですが,私の気持ちは当時の高校2年生時と何一つ変わっていません。今も憧れの存在であり目標です。
最も苦しかった時期としては,怪我をした時期です。これまで2つの大きな怪我をしました。 一つ目が2015年ごろに発症した分離症,二つ目が2022年ごろの肘の痛みです。怪我の期間は思うような成績を出せないため本当に辛かったです。両方の怪我をして得た教訓は「休まないこと」です。(生活レベルまで怪我の影響が出る場合は休みます。)一時的に休んだとしても,これまでのやり方を見直さない限り,同じ結果が待つだけだと思っています。であるならば,休まずにどうすれば痛くなくなるか,何が悪いのかを突き止めることで怪我をする前よりも何段階も強くなると確信しています。

阿久津:石川選手が佐竹選手に憧れているのはよく知っています。(笑)
怪我に対する考えはあとでまた触れさせてください。先に目標のところをもう少し聞かせてください。ちなみに佐竹選手を目標としているのは佐竹選手超えを目標としているということですか?
次に,日本チャンピオンとか世界チャンピオンになることを目標にしていたのか,ということも教えてください。
石川選手は児玉大紀さん(IPF殿堂入りしているベンチプレスのレジェンド)も目標にしていますよね。いつからそういったことを意識し始めたのか,きっかけがあったのか,そういったこと含めて教えてもらえますか?他にもこれまでに影響を受けた選手がいれば教えてください。
石川選手: 目標ですが佐竹先輩越えはおこがましくて言えないです(笑)ワールドゲームズチャンピオンは果てしなく遠いです…。決してネガティブなものではなく,自分の中ではいつまでも最強の先輩の後輩でありたいと思っています。なので,佐竹先輩には果てしなく突き抜けていってほしいと思います。それを追う後輩で在りたいです(笑)
児玉さんも目標のお一人です。意識し始めたのは私がベンチプレスのみに専念していた2021年頃からです。当時から全日本ベンチに出場すると,必ず1位には児玉さんがいました。実力は全く及ばず,私を含めた若手で2位争いをしているような試合展開でした。雲の上の存在でしたが,やはりそのような状況は悔しいもので,「ちゃんと勝負できるようになりたい」という意識がいつの間にか出ていたと思います。児玉さんは現在,83㎏級に階級を上げていますが,近い将来,同じ階級で勝負して勝ちたいという目標があります。
パワーリフティングでは日本チャンピオンは目標の一つでした。達成された今は佐竹先輩の勝ち数にできるだけ近づくという,ふんわりした感じです。明確な目標としては世界選手権(エクイップ)にて表彰台に立つことです。 ベンチプレスでは世界チャンピオンとなりましたが,決して奢らず,選手でいる限り挑戦を続けたいと思います。
影響を受けた選手について,パワーリフティング競技では間違いなく佐竹優典選手です。他競技では特に同い年のアスリートに影響を受けています。柔道の阿部一二三選手やサッカーの三笘薫選手は世界の舞台で活躍をしていて,僭越ではありますが良いモチベーションとなっています。各選手の記事や著書,YouTubeまで欠かさずチェックしています(笑)

阿久津:ケガの教訓が「休まないこと」っていうのは石川選手が憧れている児玉さんもおっしゃってますね。動かせないなら怪我,動かせるなら怪我じゃない的な。初めて聞いた時はそういう怪我の定義もあるのかと(笑)
実際,骨が折れたり,筋肉や腱が切れてない場合の痛みに関しては原因となった動き(その動きの原因となった認知的なエラーも含めて)の根本的な間違いを探して再学習していかないと再発の確率が高いと思いますので,石川選手のアプローチは実践的で素晴らしいですね。
石川選手:動かせないなら怪我,動かせるなら怪我じゃないはすごいです(笑) 勉強になりました。
阿久津:改めて素晴らしい目標を聞かせてくれて有難うございます。実はPPNのアスリートボイス,TOP RUNNER INTERVIEWで具体的な目標をお話ししてくれた人ってその後に目標達成している人が多いです(佐竹選手も)。やっぱり公に向けて言い切れることは大事なことですね。コナー・マクレガーも何かのインタビューで言い切ることの重要性を語っていたのを記憶しています。そういった意味でいつかぜひ佐竹選手越えも声に出してほしいです(笑)。
阿久津:今日はインタビューにご協力いただき有難うございました。 最後に,ファンの皆様へメッセージをお願いします。
石川選手: 貴重な機会をいただき,ありがとうございました。今回の結果が過程の一つであると思うため,引き続き目標達成を目指していきます。
そして,いつも支えていただいている皆様,応援していただいている皆様,本当にありがとうございます。周りの皆様の支えがなければ確実に今の自分は無いと言い切れます。

パワーリフティング最高!
