静的ストレッチと動的ストレッチを適切に使い分ける方法

静的ストレッチと動的ストレッチを適切に使い分ける方法

ウォームアップ時やクールダウン時のストレッチは、アスリートのみならず一般のトレーニングにも広く取り入れられています。

ご存知のとおり、ストレッチはウォーミングアップやクールダウンのほか、リハビリテーションや体操、けがの治療など、様々な目的で実施されています。

しかしながら、どんな時にどのようなストレッチをするかによって、身体のメンテナンス効果やパフォーマンス効果が大きく変わってくることはご存知でしょうか?また、ストレッチには様々なやり方が存在しますが、あなたのストレッチはパフォーマンスを向上させるストレッチになっているでしょうか?

今回は、アスリートがパフォーマンスを上げるために知っておくべきストレッチの目的と、効果を最大化させるための理論について詳しく解説していきたいと思います。

著者紹介

阿久津貴史

阿久津貴史公式HP

パワーリフティング全日本選手権11連覇・現日本記録保持
NSCA-CSCS・NSCA-CPT/認定スポーツメンタルコーチ

1982年生まれ。パワーリフティングの競技者として活動するとともに、パワーリフティング専門ジム「TXP」を運営。後進育成・コーチングも精力的に行っており、全日本優勝者を多数輩出。アスリートのパフォーマンス向上を目的とした、理想的なエルゴジェニックエイドの開発にも日々尽力している。


古川容司とよたま手技治療院HP

筋骨格系治療専門 手技治療院 「とよたま手技治療院」院長

1974年生まれ。2006年より「とよたま手技治療院」開院。神経筋骨格システムに生じた「機能障害」に対してアプローチし、選手・愛好家の別を問わず、アスリートへの競技動作に直結した動作分析・チューニング・手技治療・鍼灸治療をおこない、より高い到達点を極めるための競技パフォーマンス向上に資する確実なサポートを提供している。

古川容司

ストレッチの種類について

まず、ストレッチは大きく分類すると以下の2種類に分けられます。

  1. 静的ストレッチ(スタティックストレッチ)
  2. 動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ、バリスティックストレッチ)

静的ストレッチは反動をつけずに筋肉をゆっくりと伸張させていき、一定時間保つことで筋肉を伸ばす方法です。対して、動的ストレッチは勢いや反動など動きをつけて筋肉を伸張させる方法です。

では、静的ストレッチと動的ストレッチの効果にどのような違いがあるのでしょうか?

静的ストレッチ(スタティックストレッチ)効果

静的ストレッチは "スタティックストレッチ" とも呼ばれ、20秒~30秒ほど筋肉を伸ばし緊張をやわらげる方法です。

最も安全に行うことのできるストレッチ方法で、時間をかけて筋肉の最大可動域を徐々に広げていくことができ、収縮した筋肉を運動前の状態に戻す、損傷した筋肉の早期回復、疲労物質の除去、といった効果があります。

アスリートにとって身体が堅いことは、筋肉や腱に負荷がかかり怪我をしやすくなってしまうマイナス要素ですが、静的ストレッチを行うことで柔軟性を高め、怪我の予防効果もあることから、より高いパフォーマンスにつなげることができます。

動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ、バリスティックストレッチ)効果

動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ)は、伸ばしたい筋(主働筋)と反対の方向に運動する筋(拮抗筋)を 意識的に活動させ、その動作を繰り返すことで、主働筋を弛緩させる方法です。このときに、勢いや反動を使わずに拮抗筋を活動させることがポイントとなります。

分かりやすい動的ストレッチの代表格は「ラジオ体操」です。しなやかにリズミカルな動きで筋肉や関節を使うので、適度な運動量とストレッチ効果が期待できます。

ラジオ体操第1を通して行なった場合、なんと速歩に相当するほどの運動強度になり、座っている状態と比較すると3~4倍ものエネルギーを消費するそうです。

このラジオ体操の例でもわかる通り、体温や代謝アップには動的ストレッチが適しているということですね。そのほかだと、コンディショニングチェックの役割としても効果があります。

また、静的ストレッチの動きに勢いや反動をつけて筋を伸張させる「バリスティックストレッチ」という方法も動的ストレッチに分類されます。アキレス腱を伸ばすストレッチに例えると、反動をつけずゆっくり伸ばすのがスタティックストレッチ、反動やリズムをつけて伸ばすのがバリスティックストレッチです。

静的ストレッチと動的ストレッチの整理

ここまで解説した静的ストレッチと動的ストレッチの主な特徴のほか、効果や活用シーンも加えて簡単にまとめると下記のような表となります。

静的ストレッチ 動的ストレッチ
方法

反動をつけない

ゆっくり筋肉を伸張させ20秒~30秒程度保持

勢いや反動をつける

リズミカルな動きや?発揮を伴う

効果

柔軟性の向上

損傷した筋肉の早期修復

副交感神経の働きを優位にする

疲労物質の除去

収縮した筋肉を運動前の状態に戻す

筋肉の弾性力を高める

身体代謝を上げる

体温を上げる

傷害予防

コンディショニングチェック

活用シーン クールダウン ウォーミングアップ

静的ストレッチは運動後のクールダウンなど、使用した筋肉の疲労を取り除き次のトレーニングに備えるような場面に適しており、動的ストレッチは運用前のウォーミングアップのようにパフォーマンスを高める場面に適しています。

ストレッチの方法はもちろん、目的やシーンによって適切に使い分けることがパフォーマンス向上のカギを握るということですね。

静的ストレッチをトレーニング前に導入する方も多いのではないかと思いますが、各ストレッチの効果を理解すると、トレーニング前に静的ストレッチを行うことは、運動前の身体の準備としてふさわしくないと思うのではないでしょうか。

私自身、トレーニング前の静的ストレッチはお勧めしていないので、その理由について解説していきます。

トレーニング前の静的ストレッチがNGの理由

2020年頃、トレーニング前の静的ストレッチは良くないのでは?という話がブームになりましたね。

良くないといわれた理由を分解し、専門的な話も交えて解説していきます。

トレーニング前の静的ストレッチがNGといわれる理由は「筋力を低下させるため」です。

実際に、静的ストレッチを行うとパワー系競技者やスプリンター、ジャンパーのパフォーマンスは落ちます。
なぜパフォーマンスが落ちるのでしょうか?

それは、パワーやスピードを発揮する際、筋肉の弾性力や、粘性力、関節のあそびの少なさなどが必要となるのですが、静的ストレッチを行い可動域が大きく広がってしまうことで、こういった必要な要素が減少してしまうためです。

前述した動的ストレッチの効果の通り、スピードやパワー発揮をしなければいけないアスリートは、トレーニング前は動的ストレッチをメインにすべきなのです。

静的ストレッチは目的に応じて行う

トレーニング前の静的ストレッチは良くない理由について書きましたが、一概に全てのケースで良くないというわけではありません。

場合によっては、トレーニング前に静的ストレッチを取り入れることが良いケースがあります。
ここでは、静的ストレッチをトレーニング前に導入する例を2つご紹介します。

①足首の堅さ改善のため

過度に大胸筋をストレッチすれば、ベンチプレスのパフォーマンスは落ちるでしょうし、過度に大腿四頭筋をストレッチすればスクワットのパフォーマンスは落ちるでしょう。

しかし、例えばベンチプレスにおけるアーチのための静的ストレッチであったり、足首の硬さが原因でスクワットでうまくしゃがめないというようなケースでは、足首の静的ストレッチを取り入れたりすることは悪いことではありません。

足首の硬さ(専門的には足関節の背屈可動域の低下と言う、アキレス腱をストレッチするような姿勢が背屈している状態)は、下半身エクササイズにおいて代償動作を発生させやすく、怪我の大きな原因になります。足首が硬い状態でスクワットを行うと、膝が内側に入る代償動作が増え、結果的に前十字靭帯などを痛める危険性が高まります。

このように、身体の一部の堅さを改善するために静的ストレッチを取り入れることは、トレーニング全体で見たときに有効となります。

②肩関節の可動域拡大のため

肩関節の硬さはオーバーヘッド系種目の制限要因になります。
例えば、フロントプレス(ミリタリープレス、バーベルショルダープレスと言ったりもする)を行う際のフィニッシュポジションは、腕は床に対して垂直になります。この状態は肩関節の屈曲角度が180°という表現をします。
*肩関節の屈曲動作とは、運動場などで整列する際、先頭者以外の「気をつけ」をした姿勢から「前にならえ」に腕をあげていく動作のことです。

しかし、標準的な肩の屈曲角度は、平均164-178°程度です。この肩の関節可動域ではフロントプレスを理想的なフォームで行うのは難しいでしょう。

対照的に、オーバーヘッドリフティング(ジャークやスナッチなど)を行うアスリートの肩の屈曲角度は平均202°です。
つまり、これほど肩の可動域が出てこないと、オーバーヘッドリフティング系種目において十分なフォーム、パフォーマンスを獲得できないとも言えます。

このように、オーバーヘッド系種目を行う日のトレーニング前に、肩の屈曲角度を出すための静的ストレッチは有効です。

具体的なストレッチ方法は、腕をできるだけあげて肘を曲げ、肘を壁につけて脇を伸ばすストレッチなどです。
また、左右の柔軟性が片側の筋肉の拘縮で崩れているような場合は、静的ストレッチで硬い方を緩めてから整えることも必要となりますが、実際にこのようなケースは非常に多いです。

これらの例からもわかる通り、現場で重要なことは静的ストレッチ、動的ストレッチの使い分けです。

静的ストレッチを取り入れた過去の経験談

私は以前、ローバースクワットをする際に扱う重量がどんどん重くなるにつれ、バーのしなりで手が下へ押し付けられることが原因で、胸鎖関節(鎖骨と胸骨がつく関節。喉仏の下のあたり)が引き伸ばされてしまい痛みが生じる、ということを何度か経験しました。

そこで、スクワット前に大胸筋や三角筋前部へ多めの静的ストレッチを取り入れ、この問題を解消したことがありますが、その後に行うベンチプレスのパフォーマンスには全く問題はありませんでした。
スクワット前に緩んでいた大胸筋や三角筋前部は、スクワットの試技が3つ終わる頃には弾性力も粘性力もしっかり取り戻されています。

静的・動的ストレッチについて正しく理解ができていれば、静的ストレッチをトレーニング前に導入することで痛みの改善につなげると同時に、パフォーマンスを低下させないことも可能となるのです。

このような私の経験談もご参考いただけると幸いです。

まとめ:静的ストレッチ・動的ストレッチの使い分け

最近では、静的ストレッチも30秒以下であれば問題ないというところに落ち着いてきているようです。30秒では筋出力は低下したが、6秒だけなら筋出力は向上した、ということも報告されています。

一概に「トレーニング前の静的ストレッチは良くない」のではなく、トレーニングと身体の状態に合わせて、静的ストレッチを行うべきか、動的ストレッチを行うべきかを自分で判断できるようになることが重要です。

今回の記事が静的ストレッチの導入方法のヒントになれば嬉しいです。

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講師は2011年〜2023年の間、全日本選手権パワーリフティング105kg級(フルギアカテゴリー)で12連覇を達成したPPN代表 阿久津貴史(2004年〜NSCAストレングス&コンディショニングスペシャリスト)です。現在は東京都立大学 大学院 人間健康科学研究科 知覚運動制御研究室に所属して、パワーリフティング種目の運動制御に関する研究をしています。

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