本日はどうぞよろしくお願いいたします!岡野とは国際武道大学の同期ですね、2020年になって久しぶりに秋本きっかけで連絡を再開しましたね!自己紹介をお願いできますか?
もともとは千葉県の教員として特別支援学校中等部に始まり、小学校で4年、中学校で1年と、8年にわたり公立学校の教育現場を経験してきました。並行して、当時はボランティアという形になりますが、週末になると地元の小学生を対象に陸上指導を実施するという生活を送ってきました。そのことがきっかけで、現在は、千葉県北東部(旭市周辺)と北西部(印西市周辺)との2支部を拠点とした陸上競技クラブima kidsの代表として、チームの運営・指導にあたっています。
陸上競技を始めたきっかけ、陸上のキャリア、他のスポーツのキャリアもあれば教えてください。
スタートは中学時代。当時、最初は野球部に所属していました。そこでの多くの仲間達は、既に少年野球を経験してきている状態。その差を持ち前の運動神経的なもので何とかカバーしているような状況でしたが、肺炎を発症し、1ヶ月におよぶ入院を余儀なくされ、事態は悪転。ようやく戻る頃には力の差は歴然としたものになっていました。その頃、陸上部の顧問に勧誘されていたこともあり、そちらの道に進むことを決めるわけなのですが…。自分にとっての陸上競技人生の始まりというのは、実は他競技での挫折がきっかけだったりします。
僕、個人のキャリアとしては、大きなものはなくて、中学時代は県大会2位。高校時代は南関東大会7位。大学時代にいたっては後半のほとんどを怪我との戦いに費やすといった感じで。ただ自分の場合はとにかく仲間に恵まれていましたね。中学では、県大会総合優勝するチーム。高校ではインターハイ総合優勝に加えて日本選手権リレーも走らせてもらえました。大学でも意識の高い仲間たちがそばにいて、怪我も多かったし、思うようにいかないことばかりでしたが、腐らず努力を積み重ねることの大切さを見失わずにいることができました。
いつもあと一歩のところで目標としていた全国大会を逃すという苦い経験。悔しい思い。成功というよりは挫折。そういったものが自分自身の中に鬱屈したものとしてあって、そこからこの経験を還元していきたい。指導者になりたいという気持ちが芽生えていったように思います。
ima kidsに関して設立した経緯や、どんなことをされているのか教えてもらえますか?
2度目のチャレンジで合格となった教員採用試験を前に、就職浪人のような期間があって。時間もあるし、少しでも現場経験を積んでおきたいという思いもあり、教育実習先だった地元中学の陸上部指導の手伝いに行っていた時期がありました。自分の専門だったハードルを見ていた子が、大会で記録が伸びたと。その子の妹が陸上を習い事として練習したいが、その環境がないということで、じゃあ僕が見ますよと。そんな感じではじめは1対1のマンツーマン指導だったんですよね。そのうちにその子の周辺から、「私もやってみたい」「僕もやってみたい」と、口コミのような形で練習に参加する子ども達が増えていきました。その子のお父さんというのがアムズデザインという会社の社長さんで、imaという釣り具を扱っていた関係で「じゃあ、この集まりはima kidsだね」なんて、ほとんどノリで名前を付けたんです。子ども達が増えていく中で「じゃあ大会に出てみようか」「今度はリレーに出てみたい」「駅伝にもチャレンジしてみよう」と、やりたいこと・目標が増えていきました。それにつれてだんだんとチームも大所帯になり、僕自身の教員としての仕事がこれからより忙しくなろうとするタイミングで、両立に見切りを付けました。二兎追うものは一兎も得ず。教員としての僕の代わりはほかにもいるなと。
以降、チーム練習は月謝をいただく形となり、習い事として陸上教室を運営していくためにはどうしたらよいか。ほかの習い事と比較したときに陸上を習う価値をどこに置いたらよいかということを考えるようになりました。水泳なら泳げるようになった時に、習った価値が感じられるでしょう。バスケならシュートが入る、ドリブルが上手になるといったところでしょうか。いずれにしても種目に特化した能力が身に付いたと感じられる時、習ったことへの価値というものが感じられるのだろうと。じゃあ陸上を習い事として捉えたときにはどうだろうか。「走るのが速い」というのはわかりやすくもありますが、学齢期の子ども達にとっては身体的発達スピードによる影響も大きいので、こだわりすぎるのはよくない。「きれいなフォームで走る」というところを大切にすれば、「あの子、何だか走り方きれいだよね」と習っているか否かの違いが傍目にもわかるのではないか。そこに習い事としての陸上の付加価値があるだろうと考えました。さらに言えば、結果的には「きれいなフォームで走る」ことがタイムの伸びに大いにつながったと考えています。
指導で心がけていることや、指導していて感じることやもし気づきがあれば教えてもらえますか?
チームの基盤にあるのは、走るのが好き・楽しいという子どもを育てること。もう一つは、地域の子ども達の運動能力の向上をめざすという思い。ですから、子ども達の能力に合わせたコースを設け、発達段階に応じて個人の力を伸ばしていけるような仕組み作りをしています。強い子ども達を勧誘して目先の結果を求めるということではなく、今いる子ども達を育ててチームを作っていくことを大事にしてきました。
子ども達との出会い、これまでの指導を通して感じるのは、運動能力の二極化といったところでしょうか。ほかのスポーツなどの運動を習い事として既に経験している子は、運動能力が突出して高い傾向があります。チームには当然、運動経験が不足していて、何か体を動かすような習い事をしたくて…という子も来てくれるわけなのですが、当たり前に差がありますね。そんな中でポイントとなってくるのは、できないからやらないという循環を切り崩していくこと。少しでもやれることがあると、人間って達成感を感じますよね。「できた・やれた・わかった」はそのまま「嬉しい・楽しい」につながっていく。だから、スモールステップを作って小さな達成感を味わえるように仕組む。どんな子でも、継続したことで成長が感じられる瞬間というのが出てきたりするので、そのことが子どもの可能性を広げることにもなると感じています。また、子ども達の運動の普及にもつながっていくように思います。
最近の陸上界、スポーツ界に関してどう思われていますか?日本、世界含めて。
陸上界においては、各カテゴリーでは記録が非常に伸びているので、今まで以上に連携をとりながら計画的に選手を育成していくことで、4×100mリレーでの金メダル獲得や各種目で世界との差が少しずつ詰まってくるという流れができるのかなと。リレーでのメダル獲得は、陸上競技そのものへの明らかな追い風を作り出したように感じますね。
ただもっと裾野の部分で、学校教育における部活動が近年縮小傾向にあったところに、新型コロナ感染拡大の影響でその傾向にさらに拍車がかかっている現状があります。スポーツ振興というところでこれまで部活動が担ってきた部分が大きいから、地域スポーツとうまく連携していかないと、スポーツそのものが衰退していく恐れもあるなと。これは陸上に限らず、みんなで真剣に考えていく、密に連携をとるという方向で具体的に動いていく必要があるだろうと思います。
今後の目標、夢を教えてもらえますか?
競技面でいうと、オリンピックなどの大きな舞台で活躍する選手が育ってほしいというのが一つ。もう一つの夢としては、教え子達がチームを巣立った後、それぞれにまた異なる環境の中で陸上の経験を重ね、ゆくゆくは地域に戻り、そこで育つ子ども達に対して、経験してきたこと・学んできたことを伝える・還元するような環境が作れたらと考えています。
最後に何か自由に語ってもらえませんか?
もともとはチームの中でサプリをのもうという働きかけや動きはなかったのですが、意識の高い子ども達は積極的にプロテインなどを摂取しようと考えていたようです。ただ、子ども達や家庭でもどんなものがよいのかわからず、こちらに質問がくるという場面が出てくるようになりました。そこで秋本から阿久津のサプリを紹介されて、00X’を知りました。小学校高学年や中学生になってくると成長期にあるので、練習に対する体の回復と体の発達としての成長も同時に成り立たせなければならない。そういう課題があったところで、00X'を摂取し始めた子ども達がケガをしづらくなったり、質の高い練習を積めるようになったり、競技成績が確実に伸びたという変化が見られるようになってきました。チームとしてオリンピックに出場する選手の育成を目標の一つとして掲げているので、アメリカのBSCGやイギリスのLGCの基準をクリアーする安全性の高いサプリの存在は心強くもあります。これも一つのスポーツの普及・競技力向上のための連携ですね。今後ともよろしくどうぞお願いします。
今日は貴重なお時間をありがとうございました!
取材協力:ima kids代表 岡野勉様
HP:陸上クラブ|印西・八千代|小学生|ima kids|チイコミ (chiicomi.com)
岡野勉氏プロフィール
陸上競技クラブima kids代表。
千葉県の教員として特別支援学校、小学校、中学校と、8年間の教育現場を経験。並行して、週末には地元の小学生を対象に陸上指導を実施。
現在は千葉県北東部(旭市周辺)と北西部(印西市周辺)との2支部を拠点として、チームの運営・指導にあたる。