アンチ・ドーピング規則違反(Anti-Doping Rules Violation: ADRV)事例を読み解く

アンチドーピングとは、競技パフォーマンスを向上させるための違法ドーピングを抑止・禁止することです。世界ドーピング防止機構(WADA)は、アンチドーピングに関する規定を制定しており、規則違反として以下11項目を定義しています(参考記事)。

ドーピングはスポーツにおける重大なルール違反であるため、規則違反とみなされると厳しい処分が課されます。仮に、選手本人が知らずに禁止物質を摂取したとしても、選手自身に責任が無いとみなされることはありません。

HAFFPOSTの記事で、男子100m背泳ぎの古賀淳也選手が過去にドーピング検査陽性となったときの絶望感を告白していますが、これを見ると、常日頃からアンチドーピング違反のリスクを可能な限り低減することがアスリートにとっていかに重要か、お分かりいただけると思います。

私自身、競技の前線に身を置くアスリートの一人として、常日頃から自身のアンチドーピングを徹底するとともに、アンチドーピングについての情報発信を行っています。 そして今回は、アンチドーピング規則違反の現状や事例について紹介したいと思います。

阿久津貴史

著者紹介

パワーリフティング全日本選手権11連覇・現日本記録保持
NSCA-CSCS・NSCA-CPT/認定スポーツメンタルコーチ

阿久津貴史公式HP

1982年生まれ。パワーリフティングの競技者として活動するとともに、パワーリフティング専門ジム「TXP」を運営。後進育成・コーチングも精力的に行っており、全日本優勝者を多数輩出。アスリートのパフォーマンス向上を目的とした、理想的なエルゴジェニックエイドの開発にも日々尽力している。

全体概要とアンチドーピング規則違反が多い競技

世界アンチ・ドーピング機構(WADA)では、アンチドーピング規則違反事例の統計を取っています。2023年3月現在、閲覧できる最新のものは2021年12月に公開された2019年度版ですが、この統計を見ると、スポーツ競技におけるアンチドーピング規則違反の現状を把握することができます。

アンチドーピング規則違反はAnti-Doping Rule Violations (ADRVs) と呼びますが、2019年のADRVの総数は1914件(選手自身のADRVsは1,888件、選手のサポートスタッフによるものは24件)です。

ADRVsが発覚した国は117か国、競技数は89です。 この期間にアンチドーピング機構によって収集された検体数は278,047であり、このうち2,701検体、つまり0.97%が違反が疑われる分析報告と見なされたわけです。

では、アンチドーピング規則違反が多い競技を見てみましょう。

最も多い競技はボディビルとなっており違反上位の競技中で22%を占めています。次いで陸上競技が18%を占めています。

他には、サイクリングが14%、ウェイトリフティングが13%とほぼ同率であり、パワーリフティング9%、サッカー7%、ラグビー(ユニオン)6%、レスリング4%、水泳4%、ボクシングが3%です。

フィジカル要素がパフォーマンスに深く直結する競技が多くの割合を占めており、肉体パフォーマンスを求めるが故の故意的なドーピングが多いものと思われます。

アンチドーピング規則違反が多い国

日本にいると、ドーピングに関するニュースはあまり多くないように感じますが、実際海外では、しょっちゅうドーピングに関するニュースが報道されています。

中でも、国家ぐるみのドーピング疑惑がある国としてロシアが挙げられますが、アスリートが帰属する国のうちアンチドーピング規則違反が最も多かった国がロシアで19%となっています。

続いて、イタリアが18%、インドが17%、ブラジル9%、イラン8%、フランス7%、アメリカ7%、カザフスタン6%、ポーランド5%、ウクライナ5%と、東欧諸国が目立つ形となっています。

日本(JADA:日本アンチ・ドーピング機構)においては、トータル5,098検体中4検体(0.07%)がアンチドーピング規則違反となっていますが、違反件数トップのロシア(RUSADA :ロシアアンチ・ドーピング機構)では9,516検体中76検体(0.79%)がアンチドーピング規則違反となっており、10倍以上の開きがあります。

具体的にどのような禁止物質がドーピングに使用されているのか?

WADAの2020 ANTI-DOPING TESTING FIGURESによると、以下の種類の禁止物質が多くの検体から検出されています。


・蛋白同化薬
・興奮薬
・利尿薬および隠蔽薬
・ホルモン調節薬および代謝調節薬
・ベータ2作用薬

このうち、蛋白同化薬が全体の約半数を占めていますが、具体的にはドロスタノロン、デヒドロクロロメチルテストステロン、メタンドリオール、メチルジエノロン、スタノゾロール、オキシメトロン、メチルテストステロン、クロステボール、アンドロステンジオール、クレンブテロールなどが挙げられます。

特に多いのはスタノゾロールで、ドーピング事例として有名な1988年のソウルオリンピックでベン・ジョンソンが使用していたのもスタノゾロールです。

▶参考記事アスリートにおけるアンチドーピング違反事例

興奮薬の具体例としては、メチルフェニデートやコカイン、アンフェタミンなどが挙げられます。競争心を高め、疲労感を抑えるのを目的に使われます。

利尿薬および隠蔽薬は、減量目的やドーピング陽性となるのを隠蔽する目的で使われます。また、ホルモン調節薬および代謝調節薬は、体内の特定の化学反応を早めたり遅らせたりする目的等で使われます。

最近の日本選手の事例

・2022年にボディビルで1件、競技時の検査にて、尿検体から禁止物質であるトレンボロン代謝物が検出されました。トレンボロンは上記の蛋白同化薬、要はステロイドであり、筋肉増強において急激な効果を出すとされます。該当選手は、競技成績の失効および3年間の資格停止処分となりました。

・2021年は、ラグビー選手の尿検体から禁止物質であるエノボサルム(オスタリン)が検出され、当該選手は、資格停⽌5ヶ⽉などの処分を受けています。

▶参考記事うっかりドーピングとアンチドーピング認証について

・2021年は、ボクシング選手の検体から禁止物質であるフロセミドが検出されています。上記の”利尿薬および隠蔽薬”に分類されるもので、尿中に含まれるドーピング違反の禁止物質の濃度を下げる効果があり、ドーピング隠ぺい薬としても知られます。また、急な減量用としても使われることもあります。

・2019年は、ボート選手および空手選手の検体から、ツロブテロールが検出されています。ツロブテロールは上記の”ベータ2作用薬”に分類されるもので、気管支拡張作用のある禁止物質です。ぜんそくの治療のため処方される治療薬にも含まれるため、うっかりドーピング(意図せず禁止物質を使用してしまう)につながりやすい物質でもあります。

まとめ

冒頭の古賀選手の経験談にもあるように、一度違反が確定すると、選手人生において取り返しのつかない深い傷がついてしまいます。

意図的に禁止物質を摂取した場合はともかく、そうでない場合も意図せぬドーピングのリスクがあることを各選手がしっかりと認識する必要があります。海外と比べると日本はアンチドーピング規則違反の発生率は低いものの、上記の例にもあるように、日本の選手も決して他人事ではありません。

高いレベルで競技に参加する選手ほど、自己防衛の意識を普段からしっかりと持っておく必要があります。 例えば、サプリメントであれば信用のおける製品のみを使用すること(参考記事:アンチドーピング認証に潜む罠)、また治療薬を使っている選手の場合は、アンチ・ドーピングに詳しいスポーツドクターやスポーツファーマシストに大丈夫かどうかを必ずチェックすることが重要です。


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講師は2011年〜2023年の間、全日本選手権パワーリフティング105kg級(フルギアカテゴリー)で12連覇を達成したPPN代表 阿久津貴史(2004年〜NSCAストレングス&コンディショニングスペシャリスト)です。現在は東京都立大学 大学院 人間健康科学研究科 知覚運動制御研究室に所属して、パワーリフティング種目の運動制御に関する研究をしています。

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