アンチドーピング認証に潜む罠

アンチドーピングについて、アスリートから多くいただく質問の一つに「使用しているサプリメントにアンチドーピング認証が無いけど大丈夫なのか?」というものがあります。

もちろん、答えは「NO」です。そして、アンチドーピング認証を取っていても必ずしも安全とは言えません。

最近では、アンチドーピング認証を取っているスポーツサプリメントも多く見られるようになりましたが、実はアンチドーピング認証にも種類があることはあまり知られておらず、誤解も多いように感じられます。

また中には、アンチドーピング認証を取っていないにも関わらず、あたかもアンチドーピング対策をクリアしているような説明をしているものもあります。そのため、ドーピング検査対象となる選手は、自己防衛のためにアンチドーピング認証の種類や見分け方についてしっかりと知っておく必要があります。

阿久津貴史

著者紹介

パワーリフティング全日本選手権11連覇・現日本記録保持
NSCA-CSCS・NSCA-CPT/認定スポーツメンタルコーチ

阿久津貴史公式HP

1982年生まれ。パワーリフティングの競技者として活動するとともに、パワーリフティング専門ジム「TXP」を運営。後進育成・コーチングも精力的に行っており、全日本優勝者を多数輩出。アスリートのパフォーマンス向上を目的とした、理想的なエルゴジェニックエイドの開発にも日々尽力している。

うっかりドーピングとアンチドーピング認証について

まず、表示成分に禁止物質が含まれていなかったとしても、製造過程で禁止物質が混入(汚染)する可能性があることを知っておく必要があります。

たとえば、昨年5月にジャパンラグビーリーグワン参加チームである三菱重工相模原ダイナボアーズに所属する選手のドーピング規程違反がありました。

ドーピング検査の際に、尿検体から禁止物質である「エノボサルム(オスタリン)」が検出され、当該選手は、資格停⽌5ヶ⽉などの処分を受けています。

オスタリンは筋肉増強作用を持つステロイドのグループに該当する成分であり、アスリートであれば絶対に摂取を避けるべき成分です。当該選手は怪我によってリハビリトレーニングを行っていたのですが、その際にトレーニング強度を高めるため、国産クレアチンサプリメントを摂取していました。これに起因して、ドーピング陽性となったわけです。

この国産クレアチンサプリメントにはオスタリンを含有する旨の表示はされておらず、当該選手も摂取によってまさかアンチドーピング規則違反になるとは思っていなかった、いわゆる「うっかりドーピング」の事例となります。

このような事態を避けるため、一定の基準を満たしており、ドーピング物質が含まれていないことを保証する「アンチドーピング認証」があるわけです。アンチドーピング認証を受けるためには、製造過程の厳密な管理や、成分の明確な表示が必要になります。また、製品に含まれる成分や製造過程に対して、第三者検査機関による詳細な分析が必要です。

上記のうっかりドーピング事例の原因となったサプリメントは、アンチドーピング認証を受けた商品ではありませんでした。日本国産品だからといって、また成分表に禁止物質が含まれていないからといって、決して安心できるわけではないことがお分かりいただけるかと思います。

競技パフォーマンスを上げるためのサプリメント摂取はますます一般的になってきていますが、国産・海外産問わず、アンチドーピング認証を受けていない商品も多く販売されていること、それらを摂取することによってキャリアに大きな傷をつけてしまう恐れがあることをアスリートは知っておくべきです。

アンチドーピング認証を受けた商品であれば問題ないのか?

ここから、多くのメーカーが説明に出したがらない内容をお話します。

最近では、アンチドーピング認証を取っている商品も増えてきましたが、実はアンチドーピング認証を取っているからと言って、必ずしも安心とは言えないのです。摂取する商品が取得しているアンチドーピング認証の種類や内容を、しっかり理解する必要があります。

「インフォームドチョイス」というアンチドーピング認証をご存じでしょうか?昨今、プロテインをはじめ多くのスポーツサプリメントにおいて取得されている認証プログラムです。以下の緑色のロゴがパッケージに表示されている商品を見たことがある人も多いと思います。

informed choice

インフォームドチョイスは、イギリスに本社を置くLGC社(Laboratory of Government Chemist)のアンチ・ドーピング認証プログラムです。WADA:世界ドーピング防止機構の定める禁止物質による汚染が無いかどうか、月に1回、市場から当該商品を無作為に抜き取って分析にかけます。

一見、優れた認証プログラムに見えるのですが、すでに市場に出た後の商品に対する抜き取り分析ということは、仮に一部の製造ロットで汚染が発生していた場合、それが世に出回ることを防ぐことはできないわけです。

そのため、本来入ってはいけない成分が混入した商品を選手が口にする可能性は決してゼロではありません。また、抜き取り検査のため、汚染された製造ロットが検査されないことも十分ありうるわけです。

多くのメーカーがそのことに触れておらず、「インフォームドチョイスの認証を取得しているので、アスリートの方でも安心してご利用いただけます」といった謳い文句を出しています。

そのせいで、「インフォームドチョイスを取っていれば大丈夫」という誤解も多いのですが、実際はドーピング検査対象となるアスリートにとっては、インフォームドチョイス認証を取得した商品であっても安心はできないのです。

重要なのは、市場に出す前に前もって禁止薬物成分に関する分析を行っていること

ドーピング陽性のリスクを避けるために必要なのは、「全ロットにおいて、市場に出す前に前もって禁止薬物成分に関する分析を行っていること」。これが必須条件になります。 それを担保するためのアンチドーピング認証プログラムも存在します。

例えば、前述のLGC社では、「インフォームドスポーツ」という認証プログラムを提供しています。 これは、検査技術自体はインフォームドチョイスと同様であるものの、製品のすべてのフレーバーやバリエーションが製造時に検査される認証プログラムになります。

informed sports

インフォームドチョイスの場合は、インフォームドスポーツのように全てのロットが検査されるわけではありません。小売店から製品のサンプルを無作為に購入し、それを検査するという形を取ります。

LGC社のホームページにも、ドーピング検査対象となるアスリートに向けて作られたプログラムはインフォームドスポーツであり、一方でインフォームドチョイスはエリートアスリート向けとしてではなく、ドーピング検査対象とならないアクティブなライフスタイルを送っている人向けに設計されたプログラムであることが記載されています。

まとめ

世界アンチ・ドーピング規程では、アスリートは「自分の摂取物及び使用物に関して責任を負う」とされています。そのため、仮に意図せぬドーピング陽性が起きた場合は、責任を逃れることはできません。

自らが情報収集し、正しく理解して、そのうえで摂取するサプリメントを選択しなければなりません。


PPNのサプリメント管理体制について
certification

現在市場で販売されているスポーツサプリメントは、たとえインフォームドスポーツを取得していても、市場に流通させながら検査を実施しているのが通常です(全ロット検査を実施しているが、検査結果を待たずして出荷している)。

しかしながら、アスリートのドーピング陽性リスクを極力排除するためには、全ロット検査でも十分ではないと考えています。そのため、PPNでは全製品・全ロットに対して、市場に流通させる前に検査を実施するだけでなく、「結果を確認するまで出荷しない」という管理体制を取っています。

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講師は2011年〜2023年の間、全日本選手権パワーリフティング105kg級(フルギアカテゴリー)で12連覇を達成したPPN代表 阿久津貴史(2004年〜NSCAストレングス&コンディショニングスペシャリスト)です。現在は東京都立大学 大学院 人間健康科学研究科 知覚運動制御研究室に所属して、パワーリフティング種目の運動制御に関する研究をしています。

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