トップアスリートは規定に準じてドーピング検査を受ける必要がありますが、そこで違反が発覚した場合、選手資格のはく奪や記録成績の取り消しを受けることになります。
それだけでなく、様々な批判やスポンサー契約の解消を受けることになりますが、このような厳しい状況に陥るにもかかわらず、何故ドーピング違反が無くならないのか?
今回はその理由について詳しく説明したいと思います。
著者紹介
パワーリフティング全日本選手権11連覇・現日本記録保持
NSCA-CSCS・NSCA-CPT/認定スポーツメンタルコーチ
阿久津貴史 (公式HP)
1982年生まれ。パワーリフティングの競技者として活動するとともに、パワーリフティング専門ジム「TXP」を運営。後進育成・コーチングも精力的に行っており、全日本優勝者を多数輩出。アスリートのパフォーマンス向上を目的とした、理想的なエルゴジェニックエイドの開発にも日々尽力している。
世界のドーピング違反状況
日本においては、オリンピックのメダリストなど有名な選手がドーピング規則違反になった際に報道される程度ですが、実は海外においては毎日のようにドーピング陽性のニュースが報じられるほど頻繁に起こっています。
世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が、選手国籍ごとの違反件数を公開していますので、詳しく見ていきましょう。
選手から採取された検体から違反が発覚した件数を見ると、日本が合計5件だったのに対し、アメリカ45件と日本の9倍となっており、ドーピング大国とも呼ばれるロシアは99件と約20倍の件数になっています。
※WADA 2019 Testing Figures Reportから抜粋
選手数と違反数の相関が薄いことからも、国ごとにドーピング事情が異なることが分かります。
また、フィジカル要素が強い競技ほどドーピング違反件数は多くなる傾向があります。
※WADA 2019 Testing Figures Reportから抜粋
全世界のドーピング違反件数を競技種目別で見てみると、ボディビルディングが全体の14%と最も多くの割合を占めており、次いで陸上競技が11%、自転車競技が9%となっています。
ではここから、国ごとに内訳を見てみようと思います。
ドーピング規則違反内訳(ロシア)
違反が多かった競技種目を上位から挙げていくと、陸上が全体の18%、ウェイトリフティングが12%、パワーリフティングが9%となっています。
発覚した禁止物質は46種類と多様であり、上位を挙げるとフロセミド、メルドニウム、メチルヘキサンアミン、エリスロポエチン(EPO)、ジメチルペンチルアミンなどです。
もともとロシアは、2014年のソチオリンピックで組織的なドーピング違反の隠蔽行為があったとの内部告発により、IOCから国家としての参加資格の停止処分を受けた経緯があり、禁止物質の摂取が常態化していることが予想されます。
例えば、上記のフロセミドは利尿剤です。利尿作用によって他の薬物をより速やかに尿中に排泄し、ドーピング検査時に薬物を検出しにくくする目的で使われます。心不全や高血圧の治療にも使われますが、通常の飲食物中に混入することはまず考えられません。
ドーピング規則違反内訳(アメリカ)
最も違反が多い種目はウェイトリフティングで全体の40%を占めています。次いで自転車競技が8%、同じくトライアスロンも8%となっています。
※WADA 2019 Testing Figures Reportから抜粋
発覚した禁止物質は33種類と、ロシアと同様に多様です。THC(テトラヒドロカンナビノール)、オクトパミン、ビランテロールなどが検出されています。
THCは大麻成分としてWADAの禁止薬物リストに含まれており、定められた値を超えると違反となります。また、オクトパミンは市販のダイエットサプリ等にも含まれる禁止物質です。
アメリカはドーピング規制が厳しいことで知られていますが、それは薬物の摂取や依存が日本よりも身近で、厳しく取り締まらなければならない社会的背景があります。
ドーピング規則違反内訳(イタリア)
今回の統計の中で、実はロシアよりもドーピング違反件数が多かったのがイタリアです。
競技種目別でみると、自転車競技が全体の31%、陸上競技が10%、ボクシングが8%となっています。
検出された禁止物質はやや偏りがあり、THC(テトラヒドロカンナビノール)、コカイン、クロステボールなどが多くの割合を占めています。
過去の研究結果では、イタリアの場合、有名なスポーツ選手やチームの勝利のためのドーピングは日本に比べて容認しやすい傾向があるという指摘があります*1。
また、イタリアにおいてドーピング違反事例が多い自転車競技は、非常に過酷なレースとしても知られており、上記の傾向とも相まって、ドーピングをしなければ結果を出せないという流れとなりやすいのかもしれません。
ドーピング規則違反内訳(日本)
全体違反件数は前述のとおり5件でしたが、競技別の内訳としてはパワーリフティング、水泳、ボート競技、乗馬、空手でそれぞれ1件の違反数となっています。
これらを詳しく見ると、ツロブテロール、プレドニゾロン;プレドニゾン、エノボサルム(オスタリン)、ボルデノンが検出されたと報告されています。
日本アンチ・ドーピング機構(JADA)は、国内のアンチ・ドーピング規則違反決定を公開していますが、これを詳しく紐解くと、意図せず禁止物質を摂取したことによるドーピング陽性、いわゆる「うっかりドーピング」が多いことが分かります。
「ドーピング検査で陽性になった」と聞くと選手のみが悪者にされてしまいがちですが、選手自身が細心の注意を払っていても陽性となるケースは少なくありません。
なぜドーピング違反が無くならないのか?
では、ここからなぜドーピング違反が無くならないのか考察したいと思います。
意図的なドーピングが無くならない理由
エリートアスリートを対象にした過去のコホート研究*2では、「もしパフォーマンスを向上させる物質があり、違反が発覚せず勝利を手にすることができるなら、それを使用しますか?」という質問に対してアスリートの98%が「YES」と回答しています。
また、「パフォーマンスを向上させる物質を使用したとしても、違反が発覚せず、5年間全ての大会に勝ってから死ぬとしたら、服用しますか?」という問いに対して、50%以上が「YES」と答えています。
この研究結果は、ドーピング違反者が無くならないことの一つの裏付けと言えるでしょう。
意図しないドーピングが無くならない理由
日本においては「うっかりドーピング」が多いと述べましたが、これにはメーカー側のプロモーションと、選手自身の認識不足という2つの観点があります。
アスリート向けとされるスポーツサプリメントにはアンチドーピング認証を取得した商品も多いですが、「アンチドーピング認証を取っているからドーピング検査も安心」というプロモーションが多いように感じます。
実際は、アンチドーピング認証を取得していても絶対に安全とはいえないのですが、あたかもそのように見せるプロモーションは、うっかりドーピングが後を絶たない要因になります。
▶参考記事:アンチドーピング認証に潜む罠
また、ドーピング検査対象となる選手は、自己防衛のためにアンチドーピングの知識を持っておく必要があります。
しかしながら、その意識が低かったり、根拠のない安全性を鵜呑みにしてしまっている場合もあります。 これも、うっかりドーピングが無くならない理由の一つと言えるでしょう。
日本には「勝ちに対して手段を選ばない」ことを嫌う土壌がありますが、フェアな精神をもって競技に望む選手がドーピング陽性となってしまう悲劇が起こらないようにするには、選手自らが情報収集し、正しく理解する必要があります。
PPNのサプリメント管理体制について
サプリメント摂取によるアンチドーピング規則違反からアスリートを守る唯一の方法、それは、全製品の、全ロットを、市場に流通させる前に検査を実施することです。
市場に流通させながら全ロット検査を実施しているメーカーはいくつかありますが、アスリートのドーピング陽性リスクを極力排除するためには、全ロット検査でも十分ではないと考えています。
そのため、PPNでは全製品・全ロットに対して、市場に流通させる前に検査を実施するだけでなく、「結果を確認するまで出荷しない」という管理体制を取っています。
この体制を取っているメーカーは世界で唯一弊社しかありません。アスリートにとって栄養摂取は投資であり、ドーピング検査の徹底は保険です。PPNでは「体感」と「安全性」を実現できる製品開発に尽力しています。
参考記事: 1ドーピング意識に関する日本とイタリアの体育学専攻大学生の比較 2 Doping in sports and its spread to at-risk populations: an international review