集中力と視覚の意外な関係

先日参加した2025スポーツ視覚研究会で、フェンシングオリンピック金メダリストの眼球運動計測結果を目の当たりにしました。その結果は私の常識を覆すものでした。

高速で動く攻防の中、金メダリストの視点はほとんど動かず、一点で安定していたのです。「たくさん見て情報収集している」と思っていた私の予想は完全に外れました。金メダリストは「視線が動くと無駄な情報が増えて反応が遅れる」と語っていました(金メダリストの視覚戦略)。

つまり、フェンシングにおいて集中力が高い状態とは「たくさん見ること」ではなく「見るべきものだけを見ること」だったのです。

この発見をきっかけに、視覚と集中力の意外な関係について科学的に探求したいと考え、本記事を執筆しました。査読済み研究論文から明らかになったのは、私たちが「集中」について根本的に誤解している可能性があるということです。

著者プロフィール
著者紹介
株式会社ピークパフォーマンスニュートリション(PPN)
代表取締役 阿久津貴史 (公式HP)

元パワーリフティング選手(2023年11月の世界選手権を最後に引退)
2010年~2023年105kg級日本代表(2021~2023年団長)
2012~2023年全日本選手権12連覇
パワーリフティングジム TXP代表
NSCA-CPT(2001年取得)
NSCAストレングス&コンディショニングスペシャリスト(2004年取得)
公認スポーツメンタルコーチ



現在プライベートでは東京都立大学大学院人間健康科学研究科において認知運動制御研究の第一人者の樋口貴広教授の元で研究生活を送っている。

意外な真実:「たくさん見る」は集中力を下げる

多くの人が「集中している時はいろいろなところを見て情報を集めている」と考えています。しかし、学会や研究で示された真実は正反対でした。

フェンシング金メダリストが教えてくれたこと

2025年のスポーツ視覚研究会で報告されたアイトラッキング研究では、驚くべき事実が明らかになりました。

金メダリスト: 視点がほとんど動かず、一点で安定

中級者: 視点が頻繁に移動し、広範囲を見ようとする

初級者: さらに視点が不安定で、あちこちを見る

金メダリスト本人の言葉は明確でした。「視線が動くと無駄な情報が増えて反応が遅れる。胸あたりを見ながら周辺視野で状況把握している。」

2016年にPNAS誌に発表された研究では、関連のない視覚刺激を抑制できる能力が高い人ほど、ワーキングメモリ容量が大きいことが示されています。集中力が高い人の特徴は、多くの情報を見ることではなく不要な情報を見ないこと、視線を動かして探すことではなく視点を安定させることなのです。

では、なぜ視線を動かすと集中力が低下するのでしょうか?その答えは、視覚疲労と脳の処理負荷にあります。

なぜ「視線を動かす」と脳が疲れるのか

視線を動かすたびに、脳は新しい視覚情報を処理しなければなりません。そして、この処理コストは私たちが想像する以上に高いのです。

意外な事実:目の疲れは脳の疲れだった

2019年の研究では、60分間の視覚タスク後に若年女性の認知機能を測定しました。結果は明確でした──目が疲れると、実行機能(判断力や意思決定)が低下するのです。複雑な判断を要するタスクで反応が遅くなり、2022年の研究では意思決定に関わる前頭前野の活動が減少することも確認されました。

つまり、「目が疲れた」と感じる時、実際には脳が視覚情報の処理に疲弊しているのです。視線を頻繁に動かすことは、脳に「次々と新しい情報を処理しろ」と命令し続けることと同じなのです。

長時間作業で集中力が切れる本当の理由

2016年の脳波研究では、単調な視覚タスクを長時間続けた時の脳活動を測定しました。60分後には、注意処理に関わる脳活動(P3成分)が低下し、視覚刺激への反応が遅延し、判断ミスが増加することが確認されました。

興味深いことに、2021年の系統的レビューでは、眼球運動のパターンを見るだけで、本人が自覚する前に疲労を検出できることが示されました。サッケード(急速眼球運動)の速度と精度が低下し、瞬目の頻度や持続時間が変化し、重要な情報への注視パターンが乱れることが疲労のサインとなります。

集中している様子

集中力の正体:脳は「何を見ないか」で勝負している

視線を動かすことが脳に負担をかけることがわかりました。では、なぜフェンシング金メダリストは視点を動かさずに高いパフォーマンスを発揮できるのでしょうか?答えは、視覚的ワーキングメモリの使い方にあると考えられます。

「不要な情報を見ない能力」が集中力を決める

2016年にPNAS誌に発表された画期的な研究は、集中力の本質を明らかにしました。関連のない視覚刺激を抑制できる能力が高い人ほど、ワーキングメモリ容量が大きいのです。

集中力が高い人は「多くを見る」のではなく、「見るべきでないものを見ない」能力に優れています。視覚情報の「入力」を制限することで、脳の処理能力を重要な情報に集中させているのです。この能力には個人差がありますが、トレーニングで改善可能です。

フェンシング金メダリストの戦略を科学的に解読すると

「胸あたりを見ながら周辺視野で状況把握」という戦略は、まさにこの原理を体現しています。中心視野を一点に固定することで不要な視覚刺激の処理を回避し、周辺視野で動きの変化だけを検出して重要な情報のみを抽出します。視覚入力を絞ることで、判断・予測・反応に脳のリソースを最大限に振り分けているのです。

「視線が動くと無駄な情報が増えて反応が遅れる」という言葉の科学的根拠がここにあります。

意味のある情報は記憶しやすい──専門性の力

2024年の最新研究では、さらに興味深い発見がありました。視覚刺激に意味や親しみがある場合、ワーキングメモリの容量が拡張されるのです。

フェンシング選手は、相手の微細な動きに「意味」を見出せるため、より多くの情報を処理できます。新しい情報を既存の知識と結びつけることで、視覚的な記憶効率が向上するのです。同じものを見ていても、専門家は「意味のある情報」として処理し、初心者は「ノイズ」として処理してしまいます。

つまり、集中力とは単なる「注意の持続」ではなく、「意味のある情報だけを効率的に処理する能力」なのです。

知っておくべき真実:集中力は「波」がある

「ずっと一点を見続ければ最高の集中力が持続するのか?」と思うかもしれません。しかし、脳科学はさらに意外な事実を教えてくれます。

完璧な集中は存在しない──注意の自然な変動

2014年の神経科学研究では、fMRIを使って持続的注意中の脳活動を測定しました。結果は驚くべきものでした。最高のパフォーマンスを発揮している時でも、注意力は周期的に変動しているのです。

数秒から数十秒の周期で注意力が自然に上下し、注意が低下する時期には内的思考に関わる脳ネットワーク(デフォルトモードネットワーク)が活性化します。注意の「谷」の時期には、無関係な刺激に反応しやすくなります。

つまり、「完璧に集中し続ける」のは人間には不可能なのです。重要なのは、この波をコントロールすることです。

脳は複数の対象を「順番に」見ている

2017年の研究では、さらに興味深い発見がありました。脳は複数の視覚対象に対して、約4Hz(1秒間に4回)の周期で注意を切り替えているのです。

「複数のことを同時に見ている」つもりでも、実際には高速で切り替えているだけなのです。本当に同時に完全処理できる対象は限られているというのが事実です。

フェンシング金メダリストの戦略を再解釈すると

「視点を一点に固定」する戦略の本当の意味が見えてきます。視線を動かさないことで注意の切り替え頻度を最小化し、周辺視野だけを使うことで重要な変化だけを検出します。脳の処理リソースを「見る」ことから「判断・予測・反応」に振り分けられる。

つまり単なるテクニックではなく、脳の注意メカニズムを最大限に活用した戦略と表現してよいかと思います。それを特に教わらずに体得してきているところが金メダリストの圧倒的な感性と努力なのかもしれません。

朗報:「見る力」と「集中力」は鍛えられる

集中力と視覚の深い関係がわかってきました。では、この能力は生まれつき決まっているのでしょうか?答えは「No」です。

バランストレーニングが視覚皮質を変化させる

2018年の画期的な研究では、たった12週間のバランストレーニングで脳の視覚皮質の厚みが増加することが示されました。特に運動視覚処理に関わる領域で皮質厚が増加し、バランス制御に関わる前庭皮質も同時に発達します。構造的変化に伴い、視覚運動協調能力が向上することも確認されました。

つまり、身体を使った適切なトレーニングが、視覚を処理する脳の構造そのものを変化させるのです。

年齢に関係なく改善できる

2018年の研究では、高齢者を対象に前頭前野への経頭蓋直流電気刺激(tDCS)を実施しました。その結果、視覚処理速度が向上し、長時間タスクにおける集中力維持能力が改善し、より効率的な神経活動パターンへ移行することが確認されました。

加齢による視覚処理と集中力の低下は、適切な介入で改善可能なのです。

実践的なヒント: 日常でできる視覚トレーニング

トップアスリートのような高度な視覚戦略を身につけるのは大変ですが、脳科学の知見を取り入れた習慣で、日常生活でも「見る力」は鍛えられます。

1. 視点固定練習(一点集中と全体把握)

一点を見つめながら、視線を動かさずに周辺の動きを意識する練習です。

参考: 不要な視覚情報を抑制する能力(Quiet Eye)が高いほど、脳の処理効率が向上することが示されています。
(Source: Vickers, J. N. (1996). Control of visual attention during the basketball free throw.)

2. バランス運動(目と体の連携)

片足立ちなど、視覚情報と身体バランスを統合する運動を行います。

参考: バランストレーニングを継続することで、視覚野を含む脳の特定領域の灰白質密度が増加することが確認されています。
(Source: Rogge, A. K., et al. (2017). Balance training improves memory and spatial cognition.)

3. 視覚休憩(脳のリフレッシュ)

60分ごとに作業を中断し、遠方を見るなどして目を休めましょう。

参考: 長時間の認知作業は脳の活動レベルを低下させますが、適切な休憩がパフォーマンスの維持に不可欠であることが示されています。
(Source: Ariga, A., & Lleras, A. (2011). Brief and rare mental "breaks" keep you focused.)

4. 意味づけ練習(パターン認識)

目に入った情報に自分なりの意味を見つける習慣をつけます。たとえば「人がたくさんいる。みんな傘を持っていないけど、空が暗くなってきた。もうすぐ雨が降るから急いでいるのかな」といったように日常の風景にも意識的に「意味」を見出すトレーニングです。

参考: 対象に意味を見出すことで、視覚的短期記憶(VSTM)の容量が見かけ上拡張され、より多くの情報を処理できることが分かっています。
(Source: Brady, T. F., et al. (2016). Visual working memory items are not independent.)

視覚と集中力をサポートする栄養アプローチ

視覚処理と認知パフォーマンスの最適化には、適切な栄養サポートも重要な役割を果たします。科学的研究に基づき、DHA・EPA(脳血流を改善し視覚皮質の健康維持をサポート)、ルテイン・ゼアキサンチン(視覚器官の抗酸化保護と視覚処理効率の向上)、ホスファチジルセリン(神経細胞膜の構成成分として視覚情報の伝達を円滑化)、α-GPC(アセチルコリンの前駆体として視覚的注意力をサポート)、L-テアニン(リラックスした集中状態を促進し視覚タスクのパフォーマンスを向上)などの成分が有効であることが示されています。

111'NEURO DRIVE

思考・感情・行動を一点に集中させる「超集中モード」へ

視覚処理を含む脳のパフォーマンスを多角的にサポートするために、PPNでは111'NEURO DRIVEを開発しました。本製品は、視覚的注意力、持続的集中力、情報処理速度など、認知機能を包括的にサポートする9種類の機能性原料を独自の比率で配合しています。

配合成分
Neumentix® / Zynamite® / α-GPC / LIPAMIN PS™ / Suntheanin® / DHA・EPA / ホワイトクルクミノイド / イチョウ葉エキス / ムクナ抽出物

✓ BSCG認証取得済み(全ロット検査済み)
✓ 科学的エビデンスに基づく配合設計
✓ アスリート、ビジネスパーソン、クリエイターが愛用

まとめ:集中力と視覚の意外な関係

本記事では、フェンシング金メダリストの視覚戦略から始まり、集中力と視覚の科学的関係を探求してきました。最新の脳科学研究が教えてくれた「意外な真実」をまとめます。

5つの意外な真実

1. 集中力が高い人は「見ない」ことが上手

たくさん見て情報収集するのではなく、不要な視覚刺激を抑制する能力が集中力を決定する。フェンシング金メダリストの「視点を動かさない」戦略は、この原理の実践例。

2. 視線を動かすと脳が疲れる

目の疲れは脳の疲れ。視覚情報の処理は想像以上に脳に負担をかけ、前頭前野(判断・意思決定の中枢)の活動を低下させる。

3. 完璧な集中は存在しない

注意力は自然に波があり、数秒から数十秒の周期で変動する。重要なのは「常に完璧に集中する」ことではなく、注意の波をコントロールすること。

4. 脳は複数の対象を「同時に」見ていない

「同時に見ている」つもりでも、実際には1秒間に4回程度の高速切り替えをしているだけ。視点を固定することで、この切り替え回数を最小化できる。

5. 視覚戦略は後天的に獲得できる

適切なトレーニングにより、視覚皮質を含む脳構造が変化し、集中力を向上させることが可能。年齢に関係なく改善できる。

エリート選手が体現する「目には見えない能力」

フェンシング金メダリストの視覚戦略──「胸あたりを見ながら周辺視野で状況把握」「視線が動くと無駄な情報が増えて反応が遅れる」──これらは、単なる経験則ではありません。長年の訓練を通じて、脳の神経回路レベルで最適化された結果なのです。

視覚刺激の入力を最小化することで脳の処理能力を判断・予測・反応に集中させ、不要な情報を見ない能力を極限まで高めることでワーキングメモリを最大限に活用し、注意の自然な変動を理解して重要な瞬間に最大の集中力を発揮する──これが、トップアスリートの視覚戦略の本質です。

そして何より重要なのは、これらの能力は科学的根拠に基づいたトレーニングと適切な栄養サポートによって向上させることができるという点です。長時間作業では60分ごとの視覚休憩で脳の視覚処理をリセットし、重要な判断時には視線を安定させることで不要な情報処理を削減し、学習では新しい視覚情報を既存知識と関連付けることで記憶効率を向上させ、眼球運動パターンで疲労を早期検出する──これらの実践的なアプローチを日常生活に取り入れることで、アスリートだけでなく、ビジネスパーソンや学習者も集中力を最大化できるのです。

参考文献:
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10. Esterman M, et al. (2014). Intrinsic Fluctuations in Sustained Attention and Distractor Processing. J Neurosci, 34(5):1724-1730.
11. Jia J, et al. (2017). Sequential sampling of visual objects during sustained attention. PLoS Biol, 15(6):e2001903.

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講師は2011年〜2023年の間、全日本選手権パワーリフティング105kg級(フルギアカテゴリー)で12連覇を達成したPPN代表 阿久津貴史(2004年〜NSCAストレングス&コンディショニングスペシャリスト)です。現在は東京都立大学 大学院 人間健康科学研究科 知覚運動制御研究室に所属して、パワーリフティング種目の運動制御に関する研究をしています。

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